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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2832号 判決 1977年11月07日

控訴人兼被控訴人

山下一郎

右訴訟代理人

古屋福丘

被控訴人兼控訴人

川上優子

被控訴人兼控訴人

川上あや

右両名訴訟代理人

林貞夫

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

(一)  控訴人兼被控訴人山下一郎(以下、「一審原告」という。)の請求につき

1  一審原告と被控訴人兼控訴人川上優子、同川上あや(以下、いずれも「一審被告」という。)との間において、別紙物件目録(一)ないし(五)の土地が一審被告川上優子の所有であることを確認する。

2  一審被告川上あやは一審被告川上優子に対し、右1記載の各土地について、甲府地方法務局昭和四五年五月一日受付第一三九七五号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

3  一審原告のその余の請求を棄却する。

(二)  一審被告川上優子の請求につき

1  一審被告川上優子が一審原告の債務を引受けたとの主張に基づく請求(金二七三万六、一五〇円及び遅延損害金の請求)を却下する。

2  一審被告川上優子のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、その四分の一を一審原告の負担とし、その余を一審被告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一一審原告山下一郎と一審被告川上優子とが昭和三七年一一月二日婚姻し、一審原告は川上方にいわゆる婿入りして川上の氏を称したこと、両名の間に二子があること、両名は昭和四五年五月二六日協議離婚をしたこと、一審被告川上あやは一審被告優子の母であることは、いずれも当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すると、以下のような事実が認められる。

1  一審被告優子の父川上酉丸は、○○市において「○○○食品」の屋号で製麺並びにパン粉製造業を営んでいたが、前記のように一人娘の優子が一審原告と婚姻して一審原告がいわゆる婿入りしてからは、逐次右事業を一審原告夫婦に任せるようになり、「○○○食品」の代表者も一審原告とした。もつとも、個人経営であるから、いわゆる家業の形であつて、資産収益について家族間に明確な権利関係の定めがあるわけではなかつた。

2  昭和三九年ごろ、○○市○○○町に工場新設のための敷地として土地を購入することになり、同年四月ごろ、一審原告と酉丸が共同で名取栄子と交渉して、名取所有の別紙目録(一)ないし(四)の土地を買主を一審原告として代金五〇万円で、また大村志寿男所有(代理人、名取)の同目録(五)の土地を買主を一審被告優子として代金二五万円位で、いずれも買い受け、前者につき同年四月二七日に一審原告名義に、後者につき同年七月一六日に一審被告優子の名義に、各所有権移転登記を経由した。右代金は、営業上の収益に、一審原告がその義兄望月盛隆から借りた金員及び酉丸がその兄川上辰丸から借りた金員から補つて、これに充てた

3  昭和門四一年に酉丸は、有限会社今村鉄工所に注文して別紙目録(六)の工場を、また楠千文に注文して同目録(七)の居宅((七)の居宅の材料は、他の古い家屋を買つて、それを用いた。)を、前記(一)ないし(五)の土地上に建築させた。ところで右建築については、酉丸と一審原告との間に意見の対立を生じ、結局一審原告不知の間に酉丸が独自に注文して請負わせたものであり、その代金も大部分酉丸が支払つた((七)の居宅については、営業資金から小切手で支払つた分もある。)。そして(六)の工場は、昭和四二年九月二二日一審被告優子の名義に保存登記し、(七)の居宅は、未登記であるが、課税台帳上は優子の名義となつている。

なお、一審原告は、右工場について、建築中途で一審原告の意見で設計変更をし、一審原告と今村鉄工所との間で請負契約をやり直したと供述するが、設計変更は認められるとしても、右新たな請負契約に関する供述は、<証拠>と対比して、措信できない。

4  一審原告は、婿入り以来、営業に精を出し、夫婦仲も円満であつたが、前記建築について酉丸と意見が衝突したころから、まず酉丸との間に不和を生じ、その影響で一審被告優子との間にも波風が立つようになり、一時昭和四一年八月ごろ別れ話が出たこともあるが、親族や友人のとりなしで仲直りすることになり、前記新築建物に一審原告夫婦が移つて酉丸夫婦と別居し、そこでの営業を開始した。その後は、一審原告にやや生活態度の荒れが見えたものの、夫婦はともかく平穏に暮らし、営業も継続して、これにより生活の資を得ていた。

5  昭和四二年に、村田健一の示唆で、別紙目録(一)ないし(四)の土地を債権者から守るためにも一審原告から一審被告優子に対し贈与による名義変更した方がよいということになり、同年九月二七日その旨所有権移転登記を経由した。右登記自体は、一審原告の印を利用して一審被告優子がしたものであるが、一審原告は村田から前記示唆を受けていたものであり、特に反対もせず、右登記を知つたのち優子を追及することもなく、前記のように平穏に生活していた。

6  昭和四四年ごろから、一審原告と一審被告優子は全く不和となり、同四五年二月ごろ別居し、同年五月二六日協議離婚した。右離婚については、営業の処置や財産分与、慰藉料などの話合いをすることもなく、あつさりと協議が成立した。

7  離婚に先立つ昭和四五年五月一日、別紙目録(一)ないし(六)の物件について、酉丸、一審被告あや、同優子が相談して、一審原告不知のうちに、その印を利用し、甲府地方法務局同日受付第一三九七五号をもつて、「真正なる登記名義の回復」を原因として優子名義から母のあや名義に所有権移転登記を経由した。

8  離婚届を提出した当日、一審原告は、取引先から集金した金員のうちから従業員に給料を支払い、残金の六〇万円位(ほかに無尽金四〇万円位)を所持したまま、黙つて東京に去つて離別した。

9  一審被告優子は、離婚後両親と同居し、幼い二子を養育し、一家で前記営業を継続しているが、営業上の債務五〇〇万円以上(ほぼ原判決添付別表のとおり)は酉丸が負担することになつており、一方営業資産としては、本件各物件のほか、機械設備や自動車等がある。なお、運転資金や一審原告夫婦の家財等も若干はあるものと推認される。以上はいずれも川上方に残されている。

以上のとおり認められ、<る。>

三以上認定事実に基づき、まず一審原告の所有権確認、登記抹消の請求について判断する。

1 前記二1、2、5の事実関係のもとでは、別紙目録(一)ないし(四)の土地は、買受けにより一旦一審原告の所有となり昭和四二年の登記時に一審原告から一審被告優子に贈与により所有権が移転したものと認めるのが相当である。また同(五)の土地は、買受けにより直ちに一審被告優子の所有となつたものと認められる。

一審被告らは、右各土地は川上酉丸の所有であると主張するが、買受、登記の名義にかかわらず同人の所有であるとするには根拠不足といわざるをえず、前記判断のとおり、右主張は理由がない。

2 しかし、別紙目録(六)及び(七)の建物については、前記二1、3の事実関係によれば、右建物は営業用資産ではあるが、その建築経過にかんがみ、酉丸の所有であつて、名義のみを一審被告優子にしたと認めるのが相当であある。他に右建物が優子所有であると認めるに足りる的確な証拠はない。

3 そして、前記二7の事実関係によれば、別紙目録(一)ないし(五)の土地((六)の建物についても同様の関係にあるが、右建物については右2記載のところから、すでに一審原告の請求が理由がないので、以下の判断を要しない。)についてなされた昭和四五年五月一日受付の一審被告優子から同あやに対する所有権移転登記は、その時期、登記原因、登記経過等からみて、一審被告優子と一審原告との離婚が間近いのを予想した酉丸が感情的に一審原告に財産分与等を受けさせたくないと考えて、優子、あやと謀り、計画、実行した仮装の登記であつて、なんら実体関係の伴わないものと認められる。したがつて、右移転登記にかかわらず、(一)ないし(五)の土地は、依然一審被告優子の所有に属するものというべきである。

4  ところで、前記二認定の各事実を総合して検討すれば、一審原告は、いわゆる婿として、八年近く川上方の事業及び一審被告優子との一家の生活に寄与したのち離婚したものであり、前記二8、9の事実を考慮に入れても(また、ほかに一審原告になにがしかの消極的寄与の面があつたとしても)、一審原告は、民法七六八条一項により、一審被告優子に対し、その有する財産(その中心は別紙目録(一)ないし(五)の土地であり、その時価は、一審原告の供述によれば、千数百万円以上と認められる。)の一部の分与を請求する権利を有するものと認められる。もとよりその具体的内容は家事審判により定められるが、この時点での財産分与請求権を抽象的と表現するかどうかはともかく、一種の財産的請求権(単なる協議請求権ではない。また婚姻費用や扶養料のように将来の支分的債権を含むものとも異なる。)として、すでに一審原告について発生したものと解せざるをえない。

5  一審原告が本件提訴に先立ち、甲府家庭裁判所に一審被告優子を相手方として財産分与請求等の家事調停を申立てたが、分与決定の基礎となる別紙目録記載各物件の所有権の帰属に争いがあつたため調停不調となつたこと(審判移行。審判は本件を待つて留保中)は当事者間に争いがないから、右4の判断とあわせ考え、一審原告は右物件が一審被告優子の所有に属することの確認を求める法的利益を有する。

よつて所有権確認請求につき判断すれば、前認定のところから、別紙目録(一)ないし(五)の土地が一審被告優子の所有に属することの確認を求める部分は理由があるが、同(六)(七)の建物についての請求は理由がない。

6  次に登記抹消請求についてみるに、前記3で判断したところから、一審被告優子は一審被告あやに対し、別紙目録(一)ないし(五)の土地につき甲府地方法務局昭和四五年五月一日受付第一三九七五号をもつてなされた所有権移転登記の抹消手続を求める権利を有するわけである。

7 そして、財産分与請求権が前記4のようなものである以上、それは債権者代位権の被保全権利となりうるものと解すべきであり、しかもその具体的内容が定まるまでは金銭債権ではないから 代位につき債務者の無資力を要件としないというべきである。

本件の場合、一審原告が分与を求める対象となる財産の中心は別紙目録(一)ないし(五)の土地であるところ、同物件は理由なく第三者である一審被告あやの名義に無効の登記がなされているのであり、かくては、さらに登記名義が変えられると複雑な関係が生じ、結局分与対象財産が散逸して、財産分与の審判が確定してもその実現が困難となる可能性が大きい。したがつて、一審原告は、右各土地につき一審被告優子の登記抹消請求権を代立行使して真実の登記名義を確保する必要性があるものと判断する。ただし、前記の意味でまだ具体的内容の定まらない請求権であるから、もとより民法四二三条二項の制限を受けるわけであるが、前記のごとき代位行為は、同項但書に定める保存行為に準ずるものとして、これを許すことができると解するのが相当である。

そうすると、一審原告の右(一)ないし(五)の土地について前記所有権移転登記の抹消を求める請求は理由がある。しかし、別紙目録(六)の建物についての登記抹消の請求は、前記三2で判断したところからみて、理由がない。

四次に一審原告及び一審被告優子双方からの各金銭の請求について判断する。

1 まず一審被告優子の請求中、その主張する一審原告の集金横領による損害賠償(九五万円)の点についてみるに、その事実関係については前記二8に認定したとおりであるが、これによれば、離婚した当日とはいえ、一審原告は一審被告優子との婚姻中生じた共有の財産(債権)である代金を取立てて持ち去り返還しないというにすぎず、これを一般の金銭横領と同視できないばかりでなく、かかる利益獲得は財産分与にあたつて斟酌されるべきものであつて、一審被告優子に直ちに損害が生じたとはいえない。したがつて、不法行為とみることはできず、右請求は理由がない。

2  次に一審被告優子が一審原告の債務を引受けたとの主張に基づく請求(二七三万六、一五〇円)は、損害賠償という表現を用いているものの、不法行為に基づくものでないことは主張の内容から明らかであり、結局財産分与にあたつてなされるべき清算関係を債権の形で主張するものにすぎないというべきである。したがつて、これを損害賠償請求の形式をもつて地方裁判所に提訴することは不適法というほかなく、却下を免れない。

3  最後に一審原告、一審被告優子双方からの各慰藉料の請求についてみるに、これまで認定判断した各事実からみて双方の離婚については、相互に相手方が決定的な有責性を有するとは認めるに足りず、また個々の事実として不法行為の成立を認めるに足りるほどのものも認められない。よつて、双方が何ほどかの精神的苦痛を受けたにせよ、それが財産分与の判断にあたり参酌されることはあつても、双方の各慰藉料請求は理由がない。

五そうすると、一審原告の控訴に基づき原判決中別紙目録(一)ないし(五)の土地の登記抹消請求を棄却した部分を取消して右請求を認容すべきであるが、その余の原判決の判断は結局正当であつて、当事者双方のその余の控訴は理由がないから棄却すべきである。よつて右趣旨に即して原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀬戸正二 小堀勇 小川克介)

目録<省略>

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